OIST、脳のシナプスにおける信号伝達の機構を解明  [2012/05/16]
沖縄科学技術大学院大学(OIST)は、神経化学伝達プロセスの重要な部分を特定したことを発表した。同成果はOIST細胞分子シナプス機能ユニットの高橋智幸教授と江口工学博士らの研究チームによるもので、米国科学誌「Neuron」に掲載された。

神経細胞は興奮すると神経インパルスを発生させ、シナプスと呼ばれる連結部で、シナプス前細胞からシナプス後細胞に信号が伝達される。シナプス前細胞の中には「神経伝達物質」と呼ばれる化学物質を膜で包み込んだ小胞「シナプス小胞」が存在するが、これが神経インパルスによる刺激によりシナプス前細胞の細胞膜と融合して、神経伝達物質をシナプスの隙間に放出する(エキソサイトーシス)。シナプス伝達を高い頻度で何時間も失敗することなく続けるために、シナプス前細胞はエキソサイトーシスと、シナプス前細胞の細胞膜が細胞内に陥入してから分離して、小胞を再形成し、再利用に備えるプロセスであるエンドサイトーシスの2つのプロセスのバランスを保つ必要がある。

スクリーンショット 2014-01-24 23.31.29.png図1 シナプスにおける神経細胞間情報伝達メカニズム。送信側の神経細胞(赤)から受信側の神経細胞(灰)へと情報が伝達される時、その情報受け渡しの場となるのがシナプスである。送信側(シナプス前末端)にはシナプス小胞と呼ばれる小さな袋が格納されており、この中に神経伝達物質という化学物質が詰め込まれている。電気信号(活動電位)がシナプス前末端に到達すると、シナプス小胞が前末端膜に融合することで、中の伝達物質を外へと放出される(エキソサイトーシス)。受信側(シナプス後膜)は伝達物質を受容体で受け取り、電気信号へと変換することで情報の受け渡しがなされ、前末端に融合したシナプス小胞は再び取り込まれ、また伝達物質を詰め込まれて再利用される(エンドサイトーシス)。エキソサイトーシスされる小胞の量とエンドサイトーシスされる小胞の量のバランスを調整することで、持続的な情報伝達が行われることとなる

そこで、研究者チームは、このバランスを細胞がいかにして維持するのかを明らかにするために、聴覚を中継するシナプスをスライス上に可視化し、シナプス前細胞の末端に阻害剤を注入することで、エンドサイトーシスを加速するタンパク質を探索した。

その結果、鍵となるのはサイクリックGMP依存性プロテインキナーゼ(PKG)と呼ばれるタンパク質であることが判明。PKGは単独でエキソサイトーシス・エンドサイトーシスのバランスを保っているのではなく、分子シグナルの連鎖の一部として働くが、さらに研究を進めた結果、PKGの前の段階では、シナプス後細胞が神経伝達物質であるグルタミン酸に反応して、一酸化窒素ガスを生成していることを突き止めた。

スクリーンショット 2014-01-24 23.31.52.png図2 一酸化窒素による逆行性シナプス制御機構。通常シナプスではシナプス前末端から後膜への一方通行の情報伝達が行われているが、シナプス後膜から前末端への逆行性の情報伝達が起こることがある。その代表的な伝達物質の1つが一酸化窒素(NO)、今回の研究において、この逆行性の情報伝達がシナプス前末端での小胞エンドサイトーシスを制御していることが明らかとなった。シナプス前末端から放出された神経伝達物質(グルタミン酸)は、シナプス後膜のNMDA受容体(NMDAR)に結合し、グルタミン酸を受け取ったNMDARは細胞内へとカルシウムイオンを流入させる。流入したカルシウムイオンはカルモジュリン(CaM)を、CaMはNO合成酵素(NOS)を活性化し、NOを生成する。NOは細胞膜を透過してシナプス前末端へと拡散し、前末端にある水溶性グアニル酸シクラーゼ(sGC)を活性化させ、sGCが活性化するとサイクリックGMP(cGMP)が生成され、cGMP依存性プロテインキナーゼ(PKG)を活性化する。そして、活性化したPKGは小胞エンドサイトーシスを促進する。このようにしてNO-PKG経路による逆行性のシナプス制御が行われている

一酸化窒素はシナプス間隙を通過してシナプス前細胞に到達し、その中に含まれるPKGを活性化させる。一酸化窒素は心臓血管系では重要なシグナル分子として知られており、この一酸化窒素のシナプスにおける新たな役割の特定が、今回の研究で最も意義深い発見であると研究チームでは説明している。

なお、今回の研究では特定の種類のシナプスを用いて行われたものの、こうした仕組みは他の興奮性シナプスについても同じように当てはまるはずであるため、今回の成果は脳機能についての根本的な問題に答えるものとなり、神経細胞が小胞のエンドサイトーシスをエキソサイトーシスと同調させて、シグナル伝達を持続する仕組みが示されたものであるとも研究チームでは説明している。

スクリーンショット 2014-01-24 23.32.11.png図3 ヘルドのカリックス(Calyx of Held)シナプス。今回の研究で用いたラット脳幹のヘルドのカリックス(Calyx of Held)シナプスは、シナプス前末端が巨大なため、生物顕微鏡下で同定することができ、パッチクランプ法による電気信号の記録が可能。写真は顕微鏡下で観察したcalyx of Heldのシナプス前末端に、ガラス電極(右)から蛍光色素を注入しているところ。中央はシナプス後細胞である台形体内側核(MNTB)神経。シナプス前末端がシナプス後細胞の細胞体を包み込んでいることがわかる