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臨床ニュース
うつ画像鑑別、日本で初の成果
光トポグラフィー、8割の精度でうつ症状を鑑別
2013年6月19日 国立精神・神経医療研究センター カテゴリ: 精神科疾患・神経内科疾患・検査に関わる問題

 国立精神・神経医療研究センター(NCNP)と東京大学医学部は6月17日、光トポグラフィーで脳機能を測定することで、うつ症状を伴う主要な精神疾患を高い精度で鑑別診断することができたと発表した。全国7施設、1680人を対象とした世界初の大規模研究による知見だ。

 参加施設は、群馬大学、東京大学、NCNP、慶應義塾大学、福島県立医科大学、鳥取大学、三重大学の7施設。精神疾患患者673人と健常者1007人を対象に、「光トポグラフィー検査」による脳機能の計測を行い、大うつ病性障害、双極性障害、統合失調症をどの程度正確に鑑別できるか検討した。全施設で共通の方法で測定し、計測信号の時間的変化から特徴的な指標を抽出。その指標と臨床診断を比較することで、大うつ病性障害の74.6%、双極性障害もしくは統合失調症の85.5%を正確に鑑別できた。

 光トポグラフィーの信号は年齢や性別により異なると言われる。本研究では、各群の年齢と性別の割合を揃えて検討するとともに、揃えずに検討しても同じ結果になることも確認した。自律神経系などの身体状況や脳解剖学的な個人差による影響については今後の課題と位置付け、「将来、これらの影響を正確に組み入れることができれば、結果の精度向上につながる」と考えを示している。

 精神科領域の多くの疾患で共通に見られる「うつ症状」は鑑別が難しく、診断に役立つ客観的なバイオマーカーの開発が以前より望まれていた。バイオマーカーの候補の一つに血液検査や神経画像測定があり、今回行った光トポグラフィー検査は既に数十例程度の検討が幾つか報告されていた。

プレスリリース詳細
 精神医療において精神疾患は、問診により得られる情報に基づいて診断や治療されることが主流であり、客観的な「バイオマーカー(生物学的指標)」(用語解説1)に基づいて進められていないことが問題とされてきました。精神疾患の鑑別診断や治療評価の際に患者や医師の助けとなるバイオマーカーを確立することは、精神疾患の診断や治療を評価できる検査の開発につながり、ひいては個別治療の質の向上をもたらすだろうと考えられています。
 群馬大学大学院 医学系研究科 神経精神医学 教授 福田正人、東京大学大学院 医学系研究科 精神医学分野 助教 滝沢龍、教授 笠井清登らのグループは、うつ症状を伴う精神疾患(大うつ病性障害、双極性障害、統合失調症)の鑑別を診断する指標として、光トポグラフィー(用語解説2)により得られる脳機能指標の有用性を検討しました。本研究は、群馬大学・東京大学・国立精神神経医療研究センター(NCNP)など日本全国の7施設が参加する多施設共同研究として行われ、うつ症状のある患者さん673名と健常者1,007名が課題を実施している間の脳機能を、光トポグラフィーを用いて測定しました。その結果、脳機能指標を用いた鑑別診断では、大うつ病性障害と臨床診断された患者さんのうち74.6%、双極性障害もしくは統合失調症と臨床診断された患者さんのうち85.5%を正確に鑑別できました。さらに、同じ脳機能指標を用いて全く独立に光トポグラフィーを用いた測定を行ったところ、残りの6施設においても同等の結果が得られました。本研究は、光トポグラフィー由来の脳機能指標により、うつ症状を伴う精神疾患の鑑別診断を高い判別率で行えることを示した初めての大規模研究です。加えて、本研究での鑑別診断は、精神医療分野で唯一の先進医療として、厚生労働省に承認されている「光トポグラフィー検査を用いたうつ症状の鑑別診断補助」と同様の方法で行われており、大規模かつ多施設研究によって、精神疾患の鑑別診断補助における光トポグラフィー検査の一定の有用性を再検証したものです。

【発 表 者】
福田 正人
 (群馬大学大学院 医学系研究科 神経精神医学 教授)
滝沢 龍
 (東京大学大学院 医学系研究科 精神医学分野 助教)
笠井 清登
 (東京大学大学院 医学系研究科 精神医学分野 教授)
野田 隆政
 (国立精神・神経医療研究センター病院 精神科医長、国立精神・神経医療研究センター
脳病態統合イメージングセンター 臨床脳画像研究部 臨床光画像研究 室長)

【研究の背景】
DALYs (Disability-Adjusted Life Years)という、疾病により失われた生命や生活の質を包括的に測定するための指標を用いると、精神・神経疾患全体では心血管疾患やガンと同等の疾病負担があることが知られています。年齢別で考えると、特に思春期から若年成人期に集中して疾病負担の割合が高くなっています。したがって、早期に正確な精神疾患の診断と治療が行われることが望まれており、そのための客観的なバイオマーカー(用語解説1)の開発が期待されてきました。しかしながら現状は、精神疾患の診断は患者本人や家族からの報告と医師による見立て(言動の観察と病状変化)から行われています。そのため、治療の過程で診断や治療方針が変更されることもしばしばで、残念ながら、正確な診断や治療の遅れをきたすこともあります。
 精神疾患の鑑別の中でも、さまざまな診断で共通して存在しうる「うつ症状」は、臨床現場の医師たちにも鑑別診断が難しい症状の一つと考えられています。当初は「うつ症状」だけを呈していてうつ病(大うつ病性障害)と診断しても、その後に治療の過程で「躁症状」や「精神病症状」を呈して、双極性障害や統合失調症であったことがわかる場合も少なくないのです。そのため、共通した「うつ症状」があっても、鑑別診断に役立つバイオマーカーが期待されています。
 こうした診断や治療に役立つバイオマーカーとして、血液検査を筆頭に、さまざまな試みが行われています。神経画像測定(Neuroimaging)もその一つの候補であり、特に光トポグラフィー検査は、簡便で非侵襲的であり、明るい部屋で自然な座った姿勢で、短時間に検査を受けることができることから、患者さんへの負担が少ないものです。病状や身体的条件による制約が少ない利点があるため、精神疾患のための臨床応用の面から期待されています。日本では、精神医療分野で唯一の先進医療「光トポグラフィー検査を用いたうつ症状の鑑別診断補助」として2009年に承認され、その有用性の評価が日本全国で続いています。
 これまで神経画像研究は、患者群と健常被検者群とのグループ平均としての比較や、患者群同士のグループ平均としての比較による数十例程度のグループ間の比較検討が一般的でした。それに対して、本研究では実際の臨床場面での応用可能性を検討するために、神経画像検査を個別に鑑別診断補助として用いる場合、個人レベルでどの程度の精度が得られるのかを大規模な多施設研究で明らかにすることを試みました。

【研究の内容】
本研究は、群馬大学・東京大学・国立精神神経医療研究センター(NCNP)・昭和大学(現・慶應大学)・福島県立医科大学・鳥取大学・三重大学の多施設共同研究として進め、精神疾患673名・健常者1,007名を対象としました。共通して「うつ症状」がある3つの精神疾患(大うつ病性障害・双極性障害・統合失調症)のうち、一人一人をどの程度正確に鑑別できるかを、光トポグラフィー検査による脳機能計測の指標から検討しました。1施設のデータでの結果だけでなく、同じ脳機能指標を用いて、全く独立に計測した残りの6施設データでも同様の結果が得られるかを再確認することで、一般化への可能性の高さを確認することを目的としました。
 すべての施設で、同じ簡便な言語流暢性課題(用語解説3)中の脳機能測定を同じ様式の光トポグラフィー検査で行い、計測信号の時間的変化から特徴的な指標を抽出しました。その指標から臨床診断と比較すると、大うつ病性障害のうち74.6%、双極性障害もしくは統合失調症のうち85.5%を正確に鑑別することができました。1施設のみでも残りの6施設でも同等の結果を示しました。
 本研究は、主要な精神疾患の鑑別診断補助において、光トポグラフィー検査の有用性を示した初めての大規模研究です。光トポグラフィー検査により、うつ症状を伴う精神疾患(大うつ病性障害、双極性障害、統合失調症)の鑑別診断補助を高い判別率で行うことが出来ることを示唆しています。

【今後の展望】
 本成果は、精神医療分野におけるバイオマーカーとしての可能性の一端を示したものです。今後の研究では、治療の必要性の判断、治療効果の判定、予後の予測、スクリーニングなどのツールとして、この方法論だけでなく様々な方法論で、応用の可能性をさらに検討していくべきであると考えています。
 光トポグラフィーの信号は、年齢や性別によって多少異なる傾向があると言われており、本研究では各疾患群の年齢と性別の割合を同じように揃えて検討しました。一方で、年齢と性別を揃えずに検討しても同様な結果になることも確認しました。そのほか、自律神経系などの身体状況や脳解剖学的な個人差によって一部で影響を受ける可能性が指摘されており、さらなる研究が必要です。将来これらの光トポグラフィー検査への影響を正確に組み入れることができれば、結果の精度向上にもつながると考えられます。
 こうした取組みが、精神疾患についての研究成果を診断や治療に役立つ臨床検査として実用化する最初の例となり、今後さまざまな研究成果の実用化を進めるうえでの先例としての役割を果たすことになることが期待されます。

【用語解説】
1) バイオマーカー(生物学的指標)
正常な生物学的プロセスや病理的プロセス、薬物に対する薬理的な反応の指標として、客観的に計測でき、評価できる特徴をもつものを指しています。バイオマーカーを目印として、さまざまな病気の診断や治療の場面で検査が行われます。
2) 光トポグラフィー
近赤外光を当てて脳の血液量の変化を測定することができる脳機能計測装置。簡便かつ非侵襲的であることが本装置の特徴です。
3) 言語流暢性課題
ひらがなで頭文字一つ(例えば「あ」や「か」)の付く言葉をできるだけたくさん答えたり、あるもの(例えば「動物」や「食べ物」)にあてはまる言葉をできるだけたくさん答えたりする課題を指します。本研究では前者のみを用いており、回答には前頭前野の機能(特に実行機能)を要することが知られています。