東大、脳の発達障害の原因タンパク質がシナプスを動かしていることを確認 [2012/03/09]
東京大学(東大)大学院医学系研究科神経細胞生物学分野の岡部繁男 教授らの研究チームは、細胞骨格の一種で微小管をレールとしてその上を動く分子モーター「ダイニン」と結合し、その機能を制御することが知られている遺伝子「Lis1」が、脳の中で神経細胞の間のシナプスと呼ばれる"つなぎめ"にも存在し、Lis1によって制御されたモーター分子によりシナプスが微小管に沿って移動し、最終的に正しい場所にシナプスが配置されるということを明らかにした。同成果の詳細は「Nature Communications」(オンライン版)に2012年3月6日に掲載された。
脳の発達障害の原因となる遺伝子には様々なものがある。Lis1遺伝子の異常により引き起こされる滑脳症は、脳の発達早期に幼弱な神経細胞が正しい場所に移動できず、結果的に脳の表面のしわがなくなってしまい、知的発達障害や、脳興奮が抑制できないためのてんかん性発作などの症状が起こることが知られている。これまでLis1遺伝子の機能として、神経細胞の移動をコントロールすることは知られていたが、より発達した脳でどのような役割を持っているのかについてはわかっていなかった。
また脳の過剰興奮で生じるてんかん性発作などの解明には興奮性の神経細胞と抑制性の神経細胞の間のバランスを制御する仕組みを調べる必要があるが、興奮性神経細胞は数が多く、細胞間のつながりであるシナプスがどのようにできてくるのかについても調べやすいのに対し、抑制性神経細胞については数も少なく、これまでシナプスが出来て細胞がつながっていく過程について研究がほとんど行われてこなかった。
今回の研究では、神経細胞の間のシナプスと呼ばれる"つなぎめ"に着目し、マウス由来の神経細胞の培養系を利用して、抑制性の神経細胞におけるシナプスのふるまいを生きた細胞で長時間観察したところ、興奮性の神経細胞では起こらない、シナプスが細胞の上を動いていく様子が観察できたという。このようなシナプスの動きは方向が一定で、しかも神経細胞から伸び出てくる細い突起の上で起こっていた。シナプスが動くことによって最終的にシナプスは突起の根本にたどり着き、その部分で安定に存在するようになるほか、このようなシナプスが神経伝達の機能を持っていることも細胞の中に流れ込むカルシウムイオンを可視化することで確認したという。
また、このシナプスの動きがどのようなメカニズムによって起こるのかを知るために、神経細胞の中の細胞内に存在するタンパク質が重合して形成される線維状の構造である「細胞骨格」を薬理学的に壊す実験を行ったところ、細胞骨格の一種で分子モーター「キネシン」および「ダイニン」のレールである微小管と呼ばれる細胞骨格が壊れるとシナプスの動きが止まることが判明した。
これまでの研究で微小管の上を突起の根本に向かって物質を運ぶモーター分子としてはダイニンが知られており、研究チームでは脳の発達障害の原因遺伝子であるLis1も、ダイニンに結合する分子であることに着目、Lis1がダイニンを介してシナプスの動きを調節しているという仮説を立てた。実際、Lis1の遺伝子を破壊したマウスの神経細胞では、シナプスの移動がうまく起こらず、本来規則正しく配列されるシナプスの配置が乱れてしまうことを確認しており、これらの結果から、Lis1はダイニンというモーター分子を介して抑制性の神経細胞の上に形成されるシナプスの移動・配置を調節しており、この制御がうまくいかないと脳の中で興奮を抑制する機能が弱くなるとの考えに至ったという。
なお、研究チームでは、今回の結果は脳における神経細胞同士のつながり方についての新しいモデルを提供するものとなるほか、この成果により発達障害などの脳疾患で過剰な興奮がどうして起こるのか、そのメカニズムの解明が進むことが期待されるとしている。