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その他の情報 Ⅰ、

「診療所で遺伝子検査」の衝撃
「医療変異」─2014年は遺伝子検査時代 第一部「強烈な追い風」◆Vol.1
2013年12月17日 医療変異 カテゴリ: 一般内科疾患・一般外科疾患・検査に関わる問題

この年末、米国の「23andMe」へのFDAによる警告で注目された遺伝子検査。
逆風が吹くかに見えるが、実情は逆。本格的な普及期に突入したと見るべきだ。
年末年始連載でその最前線を追っていく。まずは、広島市呉市の診療所に飛ぶ。
星良孝(m3.com編集部)

「人の寿命」も告げる 広島県呉市──。

 2014年1月、この町の中心部からやや離れた丘の上の住宅地にある、何の変哲もない診療所、日下医院でちょっとした異変が起こる。

 院長の日下美穂氏は言う。「遺伝子検査の取り扱いを始める。超早期に、残された寿命を知ることができる検査になる」。

 「医療異変」の正体は、遺伝子検査の導入だ。

 「意識や文化度的レベルが高い患者が好んで試そうとするのではないかと考えている。自由診療として実施する内容ではあるが、一般的な診療所でもニーズは出てくるのではないか。今後は、国内でも、健診センターなどでやり始める人は増えてくると思う」。日下氏は話した。

 日下氏が手掛けようとしているのは「テロメア」を測る遺伝子検査。日下氏が指摘する通り、「人の寿命」にも関係する結果をもたらし得る。広島大学から生まれた技術で世界的にも例がない。導入するのは日本では都内の診療所に続き2施設目になる見通し。

 小さな診療所が突然出合った遺伝子検査という「最先端技術」。医療そのものにとっても、強い衝撃になり得る変化になる可能性がある。

開業医で「最先端医療」
 日下氏は小さな施設を運営しながらも他に先んじた診療に努めてきた。高血圧を専門とし、減塩運動に地域ぐるみで取り組んできたのも一例だ。呉市と広島市で50店ほどのレストランと組み、減塩メニューの導入を促すような企画も提案してきた。

 そこに新しい技術の話が舞い込んできたのはつい最近のことだ。「ヒトの遺伝情報の一つである『テロメア』を調べる検査を導入してみないか」。話を持ち込んだのは、広島大細胞分子生物学教授の田原栄俊氏らが2012年に設立した新興企業のミルテルだった。

スクリーンショット 2014-01-18 23.46.37.pngテロメアの長さを測定する技術。ミルテルは日米欧で特許取得を進めている。
 テロメアとは耳慣れないが、染色体の末端にある構造で遺伝情報の一端を担う。通常はカメレオンの舌のように丸まって染色体を安定化させている。大部分は「チミン(T)、チミン、アデニン(A)、グアニン(G)、グアニン、グアニン」の5塩基を繰り返す2本鎖から成り、最末端だけは「TTAGGG」を繰り返す1本鎖になっている。

 興味を持って日下氏が調べると、「いつもの診療に生かせそうだ」という思いがわいた。テロメアは白血球から簡単に測れる。高血圧をはじめ生活習慣の乱れ、ストレス、加齢などで長さが変化する。Lancet誌での報告では、「心血管疾患のある人は、ない人よりも8.6年分もテロメアが短い」「肥満のある人は肥満のない人よりも270塩基短い」などと知ることができた(Lancet. 2001;358:472-3.、Lancet. 2005;366:662-4.)。生活習慣を改めるとテロメアも反応する。高血圧治療、減塩といった診療の結果をかつてない指標で量的に判断できると日下氏は考えた。

 テロメアは2本鎖の部分の長さは、比較的固定的だが年々短くはなる。一方で、1本鎖の部分は変動が激しく、生活習慣やストレスに影響されて変動する。この鎖の長さの変化を健康度の指標にしようというのがミルテルの検査の中身だ。

 染色体が末端から侵食されるように短くなっていく。テロメアがゼロになったとき、あたかも命が尽きるというイメージ。冒頭のように日下氏は「寿命に直結する検査」と直感した。テロメア長は寿命と比例しないものの、患者に残された寿命の目安にはなる。日下氏は「検査を受けた患者にその後の生き方までを提案するような踏み込んだ診療も可能になり得る。日々患者を向き合う医師として、そこの意味は大きい」と実感を込めて語る。

 さらに、「開業すると、カテーテル治療をはじめ、なかなか最先端の医療に触れる機会はなくなってくる。遺伝子検査は診療所に最先端をもたらしてくれる。それもうれしい」と日下氏は嬉々として教えてくれた。

3種類の「遺伝子検査」
 都会のように多くの富裕層が住むわけでもない地方都市でありながら、日下医院が着手しようとする検査は、1回数万円に上る自費による検査。一見無謀にも見えるが、ミルテルの田原氏らは、「日下医院と並行して診療所を含めた全国5施設ほどでの検査開始の計画がほぼ固まっている」と説明する。関心を示す医療機関は着実に広がりを見せているという。

 遺伝子検査関連の調査に携わる三菱テクノリサーチ調査コンサルティング部門2部長の宗林孝明氏は、「診療所のような医療機関を通して遺伝子検査を受けるケースが増えている。2つのパターンがある。一つは実質的には受付だけをする場合。歯科で口腔粘膜を取るといったケース。もう一つは病気の診断の補助として積極的に関わる場合」と説明する。日下医院は、まさに日々の診療に遺伝子検査を取り入れようと着手したケースに当たる。

 2010年前後、一般消費者向けの通販を中心に広がった遺伝子検査は、2011年の日本医学会による「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」発表後、風向きが変わったと見られている。医療の関与が強まり、2013年に至って、医療機関で実施する検査が増加したという見方が強い。

 一口に「遺伝子検査」と言っても、中身は大きく3つに分かれる。今、急増しているのはそのうち2つ。

 NPO日本臨床検査標準協議会(JCCLS)の遺伝子関連検査標準化専門委員会は、2010年に「遺伝子関連検査に関する日本版ベストプラクティスガイドライン」を発表。「遺伝子関連検査」を3つに区別した。「病原体遺伝子検査」「ヒト体細胞遺伝子検査」「ヒト遺伝学的検査」である。

 病原体遺伝子検査は、肝炎ウイルスの核酸を検出するようなウイルスや菌類といった病原体の検査で、2010年の時点で年間およそ450万件が実施されており、遺伝子検査の“ドン”とも言えるもの。ここは増えてはいるが、2006年の時点で既に年間およそ390万件に上っており、増加傾向は比較的緩やか。

 一方で、ヒト体細胞遺伝子検査とヒト遺伝学的検査は同じ期間で10倍以上というような高い率で急速に増加している。

 日下医院のケースは体質や生活習慣病への感受性を調べることにつながり、ヒト遺伝学的検査の一種と言えるだろう。ヒト遺伝学的検査には、ダウン症のような染色体検査、進行性筋ジストロフィーやムコ多糖症のような遺伝性疾患の検査、薬物応答の検査も含むが、件数の伸びが顕著なのは、新興企業や米国企業を中心に手掛ける体質検査や生活習慣病への感受性といった検査である。インターネットを介して一般消費者が直接申し込むもの、医療機関を通して実施するものなどを含む。

 従来、日本におけるこうした新興企業や米国企業による検査も含めた検査件数の全容は不明だったが、2013年2月、経済産業省の「遺伝子検査ビジネスに関する調査」の結果が出て、初めて公になった。

1社で年間10数万件の検査も
 「その数にびっくりした」と、経産省の調査で専門家委員を務めた個人遺伝情報取扱協議会代表理事の堤正好氏は振り返る。調査では、遺伝子検査を担う322社を対象にアンケートを実施。123社の回答から、肥満やアルコール代謝、美肌など「体質に関わる遺伝子検査」の内容において、ある事業社が1社で年間10数万件の検査を扱っていると判明したのだ。この検査件数は、体質に関わる遺伝子検査を扱う13社のうちの1社の数字にすぎない。糖尿病や癌、アルツハイマーなど「病気のかかりやすさに関する検査」も4社で年間7450件を手掛けていた。

 「多いとは思っていたが、ここまで多いとは思わなかった」。堤氏が抱いた感想だ。

 なお、ヒト遺伝学的検査と並んで、ヒト体細胞遺伝子検査も増加傾向が顕著。癌遺伝子のような病状と関係して後天的に変化する可能性のある遺伝子変異を調べるものだ。日本衛生検査所協会によると、2006年に3100件だった固形癌の遺伝子検査は、最新の調査である2010年の情報で8万3011件と約27倍に急拡大していた。2007年以降、肺癌や大腸癌のK-ras、EGFRといった遺伝子検査が保険適応となったのが大きい。その後、肺癌のALK融合遺伝子も保険適応となり、検査件数がさらに増加しているのは確実だ。

強力な診療のツール
 連載の第一部では、急増する遺伝子検査のうち、まずはヒト遺伝学的検査の今を見ていく。

 日下医院の日下氏は、診療の補助となるツールとしての遺伝子検査に大きな期待感を抱いている。

 ミルテルのテロメア長の検査では、2本鎖の部分は変動が少なくゆっくりと短縮していく特徴から「遺伝子強度」と呼ぶ指標になると説明している。1本鎖の部分はストレスの影響を受けやすく変動が大きく、「遺伝子疲労度」として結果が出る。検査を受けた人は、遺伝子強度については実年齢との比較で強めか弱めかの相対的な結果を得る。遺伝子疲労度については長短の変動から良好、注意、危険の段階に分けて結果を得る。

 医師は、遺伝子疲労度を見ながら、自らの治療を省みることも可能。さらに、テロメアの絶対的な長さの変化を知ることも可能で、そこからはより量的な変化も分かる。寿命に直結するわけではないが、疾患との相関は臨床研究から既に明確になりつつある。

 日下氏は、「遺伝子検査を通して、患者が情報を得られることに加えて、医師自身の診療の質も高められるのが重要」と指摘する。

 田原氏らの研究グループはテロメアの測定法の特許取得を日米欧で進めており、世界で独占的に検査を広げようとしている。寿命の推量にまで踏み込む可能性のある革新的な検査を、国内のみならず世界に広げようとしている。

 強力な診断支援のツールとして注目される遺伝子検査。だが、この11月、米国FDA(食品医薬品局)は、世界的な個人向け遺伝子検査会社である23andMeに対して警告を発した。いったい何が起きているのか、次回、その裏側を見ていく。(続く)