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その他の情報 Ⅰ、

診療一変させる遺伝子検査
「医療変異」─2014年は遺伝子検査時代 第一部「強烈な追い風」◆Vol.3
2013年12月26日 医療変異 カテゴリ: 産婦人科疾患・腎・泌尿器疾患・検査に関わる問題

わずか一つの遺伝子検査の出現が診療の形を一変させる可能性を秘めている。
大きな転換期にある生殖医療は象徴的。胎児診断や無精子症診断を変えようとする。
技術進展で診療にますます欠かせなくなる。大きな需要が強烈な追い風を吹かせる。
星良孝(m3.com編集部)

生殖医療に「強烈な追い風」
 遺伝子検査から得られる情報が、医療の根幹を揺さぶる。第一部で注目してきたヒト遺伝学的検査の中で今、象徴的な動きを見せる分野の一つは生殖医療の分野だろう。診療に遺伝子検査を必須とする動きがある。

 中には混乱さえも起きているが、目を凝らすと「強烈な追い風」の吹いている様を目の当たりにすることができる。

中国系企業の動向の裏にあるもの
 「この事案は大変遺憾であり、かつ由々しき事態と捉える」

 12月23日、日本医学会の高久史麿氏らは緊急の記者会見を開き、同臨床部会運営委員会「遺伝子・健康・社会」検討委員会委員長を務める信州大学医学部長の福嶋義光氏がこう声明文を読み上げた。

 中国系の遺伝子検査会社の動向に警戒感を示したもの。中国系のBGIヘルスジャパンが「新型出生前遺伝学的検査」、いわゆるNIPT(non-invasive prenatal genetic testing)を日本医学会による認定および登録を受けていない施設を対象に導入していると報じられたからだ。NIPTは、妊婦の血液中に循環する胎児由来の染色体を対象に解析するで、従来の胎児の遺伝子検査と決定的に異なり、侵襲がほぼゼロとなる。国内では2013年3月に日本産科婦人科学会が「母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査に関する指針」を発表。日本医学会も含めた5団体からの共同声明で、日本医学会傘下の組織がNIPT実施施設の認定と登録をしていくと指針で示し、臨床研究としてまず進める必要性、遺伝相談に対応した体制を整える必要性などを強調していた。

 寝耳に水の事態。中国系企業は、日本産科婦人科学会が定めた指針、日本医学会も含む5団体の共同声明を完全に無視したと言っていい。日本医学会は記者会見で改めて「『母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査』に関する最近の報道について」と題した声明文で、3月の指針、共同声明の尊重と順守を検査会社に対して求めた。

 中国のBGIは、世界でも最大規模の検査能力を保有するとされる遺伝子検査会社。現行の日本国内のNIPT検査と比べて半分の10万円程度の検査料で受託し、既に日本の妊婦を対象に実施済みとも伝えられた。日本国内の指針に強制力はなく、さらに検査が広がる可能性はある。BIGヘルスジャパンによると、これまで染色体数の異常があった症例はなかったというが、検査件数が増えれば、異常が判明する事例も高い確率で出てくるのは間違いない。

 中国系企業まで活発に動く裏には、NIPTへの需要の高まりがある。

 日本医学会によると全国で認定登録施設は37施設となり、さらに施設を増やす方針。2013年4月から10月までのわずか6カ月程度で、検査件数は全国の認定、登録施設で3000件から4000件の規模の件数に上った。産科の臨床現場からは、「需要に応えきれない」といった声も聞こえてくる。

 容易に検査できる半面で、今後、中絶の判断を迫られる妊婦や家族は増えるのも確実視される。

 患者からの強い要求、検査に伴う中絶を含めた判断の難しさ、遺伝子検査の手軽さから来るルール逸脱の動きなど、複雑な状況が絡み合う。遺伝子検査が医療の枠組みの中へと強く求められ、過去にないほどに注目されている状況を浮き彫りにした事例とも言えるかもしれない。

 2014年1月に掲載予定の第三部で、改めてNIPTが占う遺伝子検査の課題と発展は取り上げていく。

男性不妊にも力強い動き
 男性不妊の領域には、胎児の遺伝子検査と並び、国内に力強い動きが見えている。ここにも遺伝子検査を求める臨床現場の今が映し出されている。

 昭和伊南総合病院(長野県)泌尿器科の高栄哲氏らが開発した無精子症の遺伝子検査技術である。無精子症の診療を遺伝子検査の導入により高度化させる可能性が出ている。

 高氏は、「既婚カップルの10%は不妊症。原因の半分に男性側の要因が関与している。男性側の要因としては半分が特発性で、組織学的に精子形成障害が見られる」と説明する。

 遺伝的な背景がここには隠れている。染色体の異常として最も大きいのは、性染色体のX染色体が通常よりも多いクラインフェルター症候群。一方で、遺伝学的な異常としては無精子症因子「AZF」と呼ばれる領域の微小な遺伝子配列の欠失が最も重要になる。

 高氏はAZFの微小欠失を検出するための新しい技術を発明。2013年に医学生物学研究所(MBL)からキットとしての販売を開始。2014年から、検査会社でも検査可能となる見通しとなっている。

 男性不妊の診療を高度化させるというのは、精子の効率的な採取を可能とするほか過去の医療行為では果たせなかったような力を持ち得るからだ。

 従来、無精子症の患者に対しては、手術によって精子を取り出す方法が取られてきた。患者は全身麻酔を受けて、精巣露出、精子がありそうな部分の精細管を採取された。「精巣精子採取法」、略称「TESE」と呼ぶ治療だ。

 TESEでは、採取に至る割合は悪い統計情報では1割台にとどまっていた。閉塞感のある中で2000年代後半から浸透し始めたのが、顕微鏡下で実施するマイクロTESEだ。この方法を取ると、精子採取の割合を40%から50%近くへと飛躍的に高められると分かってきた。マイクロTESEがさらなる高みを目指す動きを後押しした。

 問題となっているのは、マイクロTESEをもってしても精子採取成功率で50%の壁が超えられないこと。

 ここにAZF検査の意義が出てきた。3つの利益をもたらす可能性を秘める。医療機関にとっては、無用な治療を抑制することで、精子採取成功率を高められる効果も出てくる。詳細な背景情報を得られるので、遺伝相談のためのデータを取れる。さらに、患者にとっては、あらかじめ精子形成が全くないか否かを知ることが可能となり、全身麻酔や精巣への切開も伴う無用な治療を避ける判断をできるようにする。

日本発で新規検査を発明
 欧米では、男性不妊の診療に2004年にはAZFの検査は推奨されている。European Molecular Genetics Quality Network(EMQN)は2013年の最先端の無精子症の診断としてAZF検査を必須と位置付けている(Andrology. 2014;2:5-19.)。

 課題は人種によってゲノム配列は異なること。そこで高氏が取り組んだのは日本人特有のAZFの検査に使える「配列タグ部位(STS)」を特定することだった。

 精子が形成するまでどの過程に支障が起きても精子形成に支障が出る。

 AZFの領域は、千単位の同一配列の塩基が向き合うように対になった回文構造があり、このために欠けやすい。結果として精子形成の異常につながる。

 高氏はAZFの領域から、日本人に特有に見られる配列を20カ所特定した。AZF領域はAZFa、AZFb、AZF3cの三つの領域に分かれており、20カ所のマーカーでの微小欠失の組み合わせから13種類の微小欠失のパターンを見いだした。

 このうち、AZFa、AZFbに関わる領域に欠失があると精子が限りなくゼロになる。無精子は決定的。一方で3種類のAZFcの部分欠失では精子が存在する可能性はある。あらかじめこの判断が付くことで手術を実施するか否かを決めることを可能とする。

臨床現場で高まる需要
 遺伝子検査で得られる情報が疾患の診断に直結する事例は、研究の進展、新技術の登場で日ごとに増えるのは確実だ。いったん遺伝子検査が入れば、もはや遺伝子検査なしの診療には戻れないとさえ言えるかもしれない。臨床現場からの需要こそが、遺伝子検査時代にかつてない強烈な追い風を吹かせている。

 ヒト遺伝学的検査の分野では、非医療分野の拡大が進む一方で、着実に医療分野での拡大も起こっていた。遺伝子検査が医療との関わりを深めているのは明確だろう。

 2014年年始からお届けする第二部では、既に臨床現場で本格的な拡大が起こっている癌診療の領域を取り上げる。遺伝子検査が癌診療を進化させていく。(続く)