インタビュー 医療維新
30万人のバイオバンク構築目指す - 久保充明・オーダーメイド医療実現化プロジェクトプロジェクトリーダーに聞く◆Vol.1
47疾患の遺伝子多型解析、2014年春に完了
2014年1月7日(火) 聞き手・まとめ:橋本佳子(m3.com編集長)
全世界挙げて約10年かけて取り組み、ヒトの全ゲノム解析が完成したのが2003年。それから10年。遺伝子解析技術は目覚ましい進歩を遂げ、今や1日で全ゲノム解析が終了する時代が到来した。各種疾患関連遺伝子も見つかり、その成果が徐々に臨床にも生かされつつある。
日本におけるゲノム研究の主要拠点が、理化学研究所と東京大学医科学研究所が主導する、文部科学省の「オーダーメイド医療実現化プロジェクト」。2003年にスタート、20万人分のバイオバンクを構築、2014年春には20万人分のSNP(遺伝子多型)解析を完了する。各種疾患とSNPとの関係が分かってくれば、個別化医療の時代がさらに近付く。
遺伝子解析の急速な進歩は、臨床をどう変えるのか。「オーダーメイド医療実現化プロジェクト」のプロジェクトリーダーを務める、久保充明氏(理化学研究所ゲノム医科学研究センター副センター長)に、同プロジェクトの取り組みを中心に、お聞きした(2013年12月5日にインタビュー。計3回の連載)。
――約10年かけた「ヒトゲノムプロジェクト」において、2003年にヒトの全ゲノムが解析されてから、10年が過ぎました。この間のゲノム研究や臨床応用の進展をどう見ておられるのでしょうか。
プロジェクトでは、平均追跡期間52.3カ月の間、バイオバンク登録の15万人中、計2万4000人、6人に1人の割合で死亡していることも分かった。疫学的な解析も可能なデータが蓄積されており、疫学研究者の参加も求めているという。
私はちょうど2003年からゲノム研究を開始しており、それ以前の動きにはあまり詳しくありませんが、世界のゲノム研究者から見ると、その後の10年のゲノム解析技術やデータベース構築の進展は著しく、当時の予想を超えるものだと思います。私がゲノム研究を学んだ中村先生(編集部注:初代のオーダーメイド医療実現化プロジェクトのプロジェクトリーダーの中村祐輔氏、シカゴ大学教授)も、そうおっしゃっておられます。
データベース構築では、特に「国際ハップマップ作成プロジェクト」(編集部注:アジア人、アフリカ人、ヨーロッパ人のDNAを分析し、ヒトの病気や薬に対する反応性に関わる遺伝子を発見するための基盤を整備するプロジェクト)が、2002年からスタートし、かなり成功したことが大きいと思います。最初の数年間に、ヒトゲノムのバリエーションのデータベースができ、公開されていきました。
その結果、SNP(遺伝子多型)の測定方法が分かってきた。GWAS(Genome-wide association study;ゲノムワイド関連解析)という手法を用いた研究成果が 2007年頃から出るようになり、多くの疾患関連遺伝子が同定されてきました。
さらに、ベンチャー企業を中心とした解析技術の進歩も、すごく早い。「次世代シークエンサー」が登場し、各社が開発を進めています。次世代シークエンサーも第2世代、第3世代、第4世代が登場、シークエンサーの技術はまだプラトーには達しておらず、さらに開発が進みます。
――全ゲノムをシークエンスする、時間とコストはどのくらいでしょうか。
ヒトの全ゲノムは、約30億塩基対です。イルミナ社の最新機種の早いモードで実施すると27時間、私たちは通常は40時間でやっています。1検体の費用は40万円から50万円。ライフテクノロジーズ社でも新たな機種を近く発売予定で、1検体24時間、費用は15万円弱になる予定だと聞いています。
――先生方の「オーダーメイド医療実現化プロジェクト」も、2003年度にスタートしました。
「オーダーメイド医療実現化プロジェクト」の第1期は2003年度から5年間で、目標の一つがバイオバンクを作ること、もう一つが、「国際ハップマップ作成プロジェクト」に貢献することでした。
――これまでの成果をお教えください。
第1期の最大の成果は、バイオバンクを構築したこと。5年間で、全国65の医療機関の協力を得て、47疾患について、計20万人のバイオバンク、つまり20万人の患者さんのDNAと血清、臨床情報を集めることができました。47疾患は、癌や循環器疾患、免疫・アレルギー疾患が中心です。癌は死因の第1位、循環器疾患はその次に多い。免疫・アレルギー疾患は、ゲノムの影響が大きいので、アトピー性皮膚炎、関節リウマチ、バセドウ病などが入っています。また薬の副作用や効果に関するゲノムレベルでの解析は、中村先生の狙いとしてあったので、薬疹などが入っています。
第2期は、第1期で構築したバイオバンクを使って、ゲノム解析を進めたことが一番の成果。GWASを使って、疾患に関連する遺伝子を次々と見つけていった。2012年12月末までで、論文数は200本に上り、発見した疾患関連遺伝子は241、薬剤応答に関連する遺伝子は22になります。3つの薬剤関連遺伝子については、2012年1月から順次、臨床研究も開始しています。
さらに、2013年度から5年間のプロジェクトとして開始したのが、第3期。38疾患、10万人分のバイオバンクを新たに構築します。第I期と同じく癌と循環器疾患などのほか、新たに認知症とうつ、脳出血、腎臓癌の4疾患を加えました。第1期の時は、今のようにゲノム関連の情報が普及していない上に、精神疾患は、患者さん本人から同意を得るのが非常に難しいことから、対象外でした。この10年間に、ゲノム医療に対する社会的認知度は向上し、社会的に要請のある疾患としてこれら4疾患を追加したのです。
並行して第1期、第2期の成果をベースに、さらなる解析を進めます。その一つが、20万人分のデータを用いた、SNP解析。2014年春には完了します。これを分析すれば、各疾患にどんなSNPが関係してくるか、マッピングすることが可能になります。
――まず第1期についてお聞きします。20万人のバイオバンクを作成する際に一番苦労された点は。
通常の臨床研究は、内科や外科など、1つの診療科で完結しますが、今回は47疾患なので、病院を挙げて取り組まなければいけない。まずこの点が大変だったと思います。もう一つは、2003年当時、「ゲノム研究」とか、「遺伝子多型」と言われても、理解できる方は医療者でも少なかったこと。当時は、ゲノム研究をすれば、病気や薬に関係する遺伝子が見つかるということすら、あまり理解されていない時代です。医師の理解を得ること、患者さんに理解してもらうことは非常に大変だったと思います。
我々の「オーダーメイド医療実現化プロジェクト」では、患者さんへのインフォームド・コンセントなどを行うメディカルコーディネーターも養成しています。ちょうど、2003年5月に個人情報保護法(施行は2005年4月)が成立した時期とも重なり、個人情報保護への配慮も重要でした。
――第1期で構築したバイオバンクは、どんな追跡調査を実施しているのでしょうか。
最初の研究デザインでは、年に1回、患者さんが外来に来た時に、カルテ情報などをフォローしていく予定でした。ただ、この場合、同じ病院に継続して受診している患者さんは追跡できますが、引っ越しをされたり、他の病院に行ったり、死亡したりすると、情報が取れなくなる。
第2期の途中で調べたところ、継続して同じ病院を受診していたのは、約6割。そこで、疫学調査で用いられる手法を用いて、病院を受診していない人の住民票を確認して、その方が生きておられるのか、あるいはお亡くなりになっているのかを確認しました。死亡された方については、厚生労働省の人口動態統計データの死亡情報と照合して死因を確定するという調査を実施。
その結果、47疾患のうち、白内障などを除き、生命に関係する32疾患に限ると、対象者は約15万人、そのうち病院で死亡されている方が1万4000人弱。また4万6000人が、調査をした時点で1年以上病院に来ておらず、追跡調査を行った結果、死亡された方が1万人強いることが分かりました。
患者さんにバイオバンクに登録してもらってから、平均の追跡期間が52.3カ月、4年半弱です。その間、15万人中、計2万4000人、6人に1人の割合でお亡くなりになっていた。
――6人に1人というのは高い数字。
私は今でも週1回は外来をやっていますが、これは私の実感としても、非常に高い数字でした。
――32疾患の登録患者は、ステージなどは問わず、対象疾患で同意を得た患者さんが登録している。
その通りです。32疾患の診断がきちんと付いている患者さんであれば、バイオバンクへの登録が可能です。また日本全国の病院に参加していただいている上、厚労省がまとめている日本の推定患者数がありますが、少ない疾患でも1.5%くらい、多い疾患では5%くらいの患者数をカバーしている。ある一定数の患者さんが登録されているので、極端に偏った集団であるとは思えません。
――その疫学的な結果は、「オーダーメイド医療実現化プロジェクト」の“副産物”として、新たな研究ができそうです。
そうだと思います。32疾患には、癌のほか、糖尿病、高脂血症、心筋梗塞や脳梗塞などが含まれています。この方々が、平均4年半弱でどうなっているのか、そのデータが取れているので、分析は可能です。ただ人手が足りず、そこまでの解析はできていません。第3期でも、毎年、追跡調査を実施していく予定です。ぜひ、疫学的な臨床研究を手がける方に参加していただきたい。